病室には「ね」がいて なにか とりとめのない言葉で 「ね」が話しをはじめる病室の午後三時 窓の外には冬らしく 沈んだ色の空間が拡がり 言葉はそこを通って 街路へと流れて ゆく この病室を訪れたぼくは 「ね」にとって なんの意味もないらしく そのことに気づくとぼくは だんだんに やるせないものとなって ついには「ね」の言葉と同化して窓から 街路へと流れ出す ああ、それは なんとうっとりと静かな 狂気だろう 僕は言葉とともに とりとめもなく軽いものとなり 街路を歩く人の耳のあたりにまつわりつく けれども誰も僕の存在など気にもせず ある人はのんびりと そしてある人はせわしなく 歩きすぎてゆく それだけのことなのに なんという快感 ぼくは「ね」を忘れ その病室のことさえ忘れて どこまでも拡散してゆく そして 今日一日のすべての部分にうっすらと ぼくの生存の痕跡を残すていどに 町中に拡散してしまうと 奇妙なほどに安心で そのまま どこまでも浅い眠りの中に 安住する