真夏の夜の「ね」 「ね」が歩く 歩いてくる 好色な夏の真っただ中 物語なんかいらない健康な女の顔をして こちらに向かってやってくる ひとりきりの「ね」 ああ なんてやさしく それでいて猥褻な夜だろう こんな夜にぼくは 暴力に似た言葉で話しかけて欲しかったのに ぼくは「ね」に出逢ってしまった 淋しそうでもなければ 嬉しそうにも見えないただの「ね」と 実際のところこれは かなり不倖な出逢いといっていいのだろう なにしろ 「ね」が出歩く夜には なにひとつ不思議なことなど 起こらないことになっているのだから ぼくのこの夜の散歩ももう だいなしにちがいない ああ ただひたすらに健康で暑いだけの夜が 「ね」と一緒になってやってきて 町中の女という女が 吐息とともに眠りにつく その汗の匂いがムーッと窓からあふれだす なんとありふれた 風景だろう こんな夜にぼくは ぼくだけの部屋に帰り 「ね」と出逢った この町の男がするように 窓をかたく閉ざし そして熱気だけを愛しながら 眠る