花曇り  通勤時間の総武線の電車の中で僕が、カレーを煮てい ると君は話しかけてきた。 「インド風ですのね」 「いや、檀流です」 「暖流って、カレーの中を流れていたかしら」 「ちがいますよ。檀一雄の檀。その人の流儀です」 「おいしそう」  満員の乗客の間を、うまそうな僕のカレーの匂いが流 れていく。僕と君の会話が、その後を追ってゆく。窓の 外では桜が、朝の光を受けてぼんやりと白いかたまりに なっている。そのうちに、四谷。僕が熱い鍋を大切にも って電車を降りようとすると、君はコンロをもってくれ た。 「そのあたりの土手で食事にしますか」 「ええ」  花曇りの空の下、できたてのカレーライスを食べなが ら、僕と君は、二人の結婚について話したのだった。