蔵
店の中に足を踏み込むと、身体ごと味噌樽に沈んでい
くような、発酵した大豆の香り。塩味の濃い空気。帳場
だけのような寂れた店の裏を覗くと、幾棟かの蔵があり
味噌と醤油を醸造している。小売が本業ではない。僕に
しても、一升瓶の醤油では多すぎる、けちな客だ。それで
も、若主人らしいジーンズの青年は、嫌な顔ひとつせず
に計り売りをしてくれる。「冷蔵庫に入れないと黴が出
ますから」という言葉は、添加物が少ないことを語って
いる。それが、小さな醸造元を継いだ、彼の考えた生き
残りの方法なのだろう。全身が味噌とも醤油ともつかな
い匂いに染まった僕が、暗い店から夏の町へと出る。と、
青空がシャワーになって降ってきて、黴びた時間を洗い
流す。ところで妻は、健康によい味噌も喜ぶだろうか?