悲劇について  まじめな男がまじめなカタチの椅子にまじめな格好で 座ってまじめな顔で眼鏡までかけてまじめな新聞を読ん でいるまじめな風景に悲劇などないので僕は、椅子から 立って、部屋を出る。トイレに行くのである。残された 風景は、まじめなカタチの椅子とその上に置かれたまじ めな新聞。そして窓から射すまじめに寒い十二月の午後 の光り、それだけ。この部屋に悲劇に似たものがあると すればまじめな新聞の中のまじめな記事にまとめられた 使用済みの悲劇だけ。その種の悲劇はあまりにも誰かの 物で、僕も僕の部屋の風景さえも悲しませはしない。ト イレを出た僕はまじめな手つきでドアを閉じ、まじめな 足どりで歩きまじめな顔を崩すことなくまじめなカタチ の椅子に近づき、再びまじめな格好をして座るのである。 その時、お尻の下でまじめな新聞が悲鳴を上げたとして も、やはり悲劇ではない。