海辺の暮らし
僕が住む、この小さな町の海は内海らしく、朧気なが
らだが対岸の町が見える。その港から漕ぎ出した舟が、
漁をするのが見える。小さく海に張り出した岬から望遠
鏡を使うと、海辺の町のこぢんまりした家、そして思い
がけずよく似た生活の風景も見て取れる。対岸の町の小
さな塔からの電波は、遠慮なく海を渡ってラジオやテレ
ビにわり込んでくる。きっと、こちらの塔の電波も向こ
うの家庭に侵入しているのだろう。海をはさんで、写し
鏡の生活を繰り返す二つの町の情報は、交換するまでも
なく了解済みのことばかりだ。だからかもしれない。人
人は決して行き来しようとしない。電波だけが、死んだ
政治家の清廉な一生や、これから起こりそうな戦争の話
を、まるで物語のように伝えあっている。